N先生は西夏文字の解読について、いくつかの論文を発表されていたが、詳しい解説書はだせないままだった。なにしろ西夏文字は独特の形をしており、漢字の影響があることを伺わせるが、漢字とはまるっきり異なった体系をもっていた。西夏文字の活字など無論なかったし、活字の鋳造を行なうにしてもひどくむずかしかった。文字通り印刷不可能な書だったのである。西夏文字の論文集の印刷はある大手の印刷会社が挑戦したが、ねをあげ、N印刷にお鉢が回ってきた。「西夏文字の研究」の制作がN印刷の手で行なわれることになったのだ。昭和四二年のことである。親父とN先生は同じ昭和三年生まれで、それを意気に感じたのかもしれない。この時のことを話す親父は本当に嬉しそうだったのを思い出す。誇りをもって仕事に邁進することや自分の会社にしかできない仕事をするのが職業人としていかに喜ばしいことか、今になってみると私にもよくわかる。これ以後、親父は文字の世界にさらにのめり込んでいく。
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