いまの中国の旅はずいぶん自由になり、昔のように「ない」という意味の没有という言葉が飛び交ったり、公安が常に監視しているような雰囲気はない。しかし漢民族の社会は、ときに刺々しさが顔をのぞかせるのだ。バスターミナルで切符を買う列をつくるときもそうだ。いまではだいぶ減ったが、断りの言葉や笑顔ひとつなく、勝手に列に割り込んでくる人が少なくない。これをやられると、やはりむっとくるのだ。一軒の食堂に入り、注文に戸惑う僕らに露骨といってもいいような嫌な顔をされると、中国社会で生きていくことの厳しさのようなものを痛切に感じてしまう。
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ところがボーダーを越え、時差の調整のために時計の針を一時間遅らせるベトナム社会では、急に人と人のあたりが柔らかくなる。日々の暮らしには笑顔があり、遠慮とか謙譲といった空気が流れている。タイやカンボジア、ラオスといった小乗仏教ともいわれる上座部仏教の国からやってくると、ベトナム人のきつい国民性にたじたじとなることは多いが、中国からやってくると、すべてを包み込んでくれるような優しさが際立つのだ。