これほどの人気を得ているエルメスとは、いったいどのような企業なのだろうか。1837年にパリに馬具工房として創業後、20世紀はじめにファッション分野へと本格的に参入し、現在は5代目にあたるジャン・ルイ・デュマ・エルメスによって率いられる。2003年現在で世界160都市に店舗を構えるに至り、いまや世界を代表する高級ブランドの筆頭格である。しかしながら、企業としての規模は驚くほど小さい。1993年のパリ証券取引所第2部上場後も徹底した同族経営で知られ、1997年時点では親族が株式の80%を所有している(「Forbes」1997年10月号)。1998年の段階で世界の従業員数は約4000人に留まり、資金はすべて内部調達でまかない、さらにデュマ自らが「クリェイティブ・ディレクター」として商品全体を統括しているため、しばしば「デュマの個人商店」とも喩えられている。近年LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループをはじめ高級ファッションを扱うブランドの国際的なグループ化か進むなかで、エルメスは単独のメソンとしてその独自路線をいっそう際立たせている。日本法人についても、2002年度の申告所得は107億円で、ファッション関連の海外ブランドではルイーヅイトンの341億円に続く。同種の製品ではルイ・ヴィトンの少なくとも2倍以上の価格となり、しかも広告率が非常に低いことを考えれば、これは特筆すべき数字だ。しかし、エルメスをはじめプレミアム・ブランドに関する研究や調査となると、日本はもとより海外でもきわめて少ない。ジャーナリズムからの分析はなかなか納得のいくものがなく、同じような問いが幾度も繰り返されている。一方で経営学の視点からは近年、ブランド戦略にまつわる研究がさかんに行なわれている。だがその大半はコカ・コーラやクリネックス・ティシューといった、日用品をも含んだブランド戦略分析だ。希少性を旨とする贅沢品のブランドでは、議論の前提がしばしば大きく異なっている。企業側が情報公開に対して非常に消極的であり、充分な資料が集まらないという事情もある。私も、エルメス・ジャポンおよびフランスの本社に取材を依頼したが、受け付けてもらえなかった。担当者は「エルメスはブランドではない。マーケティングも行っていない。これまでもマーケティングを中心にして、たくさんの取材依頼があったがすべてお断りしている」と、やや強い口調で話された。そしてエルメスは職人の手仕事によって最高級の品物を作っているだけ、という姿勢を強調されたのである。