まず初めに同棲してみて、相手との性生活を研究してから結婚を決める。オランダ生まれの産婦人科医であるヴァン−デ−ヴェルデの『完全なる結婚』という本はその説だ。世界的なベストセラーとなったが、私はこれにも反対である。性生活だけが結婚の喜びを運んでくるのだろうか。女も男も独身で自分の仕事をちゃんとやっている人はいくらでもいる。夫か妻かが性生活を遂行し得ないからだになったとして、一人の男と一人の女が考えもよく合い、趣味も合い、将来の目的も同じで、共に暮し、喜び悲しみを共にしてくれる。こういう生活があってもいいのではないかと思う。性の生活が、結婚生活の最大のもののように書く読みものなどがある。私たちの身近に、妻が夫との、夫が妻との性生活に不満で、他の相手に走ったという話はあり、不倫小説と呼ばれるものの原因に、よく性の不一致があげられている。しかし私は、万一にもそのような状況になったとして、相手への愛情が深ければ、性生活が不可能になっても結婚生活は続けられると思う。日本の仏教の中で、独身の坊さんと、世襲で家族を抱えている坊さんとを比べると、顔付きが違う。独身の坊さんも、性への欲望はあると思う。それを抑えている。仏に仕えるために。自分と戦っている顔というのは美しい。自分の欲望を充足させている坊さんの顔には、独身僧のひきしまった美しさがない。キリスト教でいうと、ローマンカトリック、聖公会、ギリシャ正教、ロシヤ正教、プロテスタントとある中で、ローマンカトリックの聖職者だけが独身である。そして私は、他の、妻帯の許されたキリスト教の宣教師との間に顔付きのちがいを見る。神という至高なるものに、自分の欲望をみんな捧げている顔を、やっぱり美しいと思う。性生活がなくて、お互いの存在が何ものにも代え難い愛情で結ばれている。私などはむしろその方にあこがれてしまう。一九九三年六月二十七日の各紙に、東京、宮城、富山、兵庫、宮崎の五都県の中高生二千二百九十九人対象の性意識の調査の結果が発表されている。「複数のひとと性交渉すると、女は幸せになれないか」の問に対して、「そう思わない」が三六パーセント、「思う」が二二パーセント。「性交渉は夫婦で子どもをつくるためのものだ」に対して四六パーセントが否定的である。「性交渉してお金をもらうことが許されないか」に対して、肯定と否定が三割ずつ。「お互いの同意があれば、誰と性交渉してもかまわないか」には三六パーセントが肯定している。数字の多さがそのことをよいとする意味にはならない。ここにはマスコミの快楽中心主義にあおりたてられた少年少女の不幸が暗いかげを落していると思う。性と心の結びつきについて、先に心があるのだということを、もっと強調してほしい。売春が非公認になってから、優生保護法の実施がそれに加わって、性を享楽の対象としてのみとりあげるマスコミが多すぎる。若者に媚びるような作家の作品も目立つ。このような時代には、親なり、学校の教師なりに、もっと性を神聖視する風潮をつくり出す熱意が強くのぞまれる。
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